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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)171号 判決

被告人

後藤雅貴

主文

本件控訴を棄却する。

理由

前略

第二点に対する判断。

原判決が証拠によつて認定した事実の要旨によれば、「被告人は昭和二十四年二月五日午後一時三十分頃、中津市内鬼塚自轉車店の前を通りかかつた際、浜田鶴雄及び高倉勝繁の両名に呼びとめられ浜田から右手で頭部を一回殴りつけられたので、同所にあつた空氣入を持つて反抗の氣配を示したところ、高倉が、ここでは惡いから何処かへ行こうといい、被告人を同市宮永所在水源地西南方麦畑附近に誘致し、同日午後二時頃、同所で喧嘩することになり、浜田と高倉とが先づ麦畑内に飛び下り、それぞれタオルに包んだ右各一個を持つて身構え被告人に降りて來るように促した。被告人はこの時ズボンのポケツト内に小刀一挺のあることに氣付き、それを携えて同畑内に飛び附り、両名が左右から被告人に打ちかかつて來るのを防ぎながら、右小刀を突き出して反撃し、約十分間渡り合つたがその際右小刀で浜田の左上膊部を突き、同部に治療約二週間を要する刺創を與え、又高倉の左胸部を突いて心臟左心室を穿通する刺創を加え、同刺創による大失血のため高倉をして間もなく同所で死亡するに至らしめたものである」というのであつて、被告人の所爲は急迫不正の侵害に対し、自己文は他人の権利を防衞するため、已むを得ざるに出た行爲にあたるものと認められない。

殊に、司法警察員に対する松田才二の供述調書(檢第三号)中同人の供述として、鬼塚自轉車店前で、被告人が他の二名と喧嘩をしていたので、私がその三名に「喧嘩なんか止して帰れ」と申して制止し、被告人に「君が帰れば問題はないので帰れ」というと、二人は被告人を中にはさんで相前後していたが、そのうちの一人が、おい來い、といつて歩きはじめたので、私は、今一度被告人に「おい帰れや」と申したところ、被告人は「いや、もう喧嘩はしないで、話丈けして來ます」といつて、自轉車屋の二、三軒向うの小さな瀨戸に這入つて行つた旨の記載に徴すれば、被告人においてその意思がありさえすれば、本件鬪爭の現場に赴くことを避止し、從つて鬪爭を回避することが必ずしも困難でない情況であつた事実を窺知するに足り、かかる情況のもとに敢行された本件鬪爭には、刑法所定の正当防衞の規定を適用すべき余地はない。人の自尊心、人の名誉は、もとより如何なる場合においても十分に保護されねばならないのであつて、何人も、著しい不名誉不面目を甘受してまでも、相手方の侵害を回避しなければならぬ義務がないことは明らかであるが、本件鬪爭の回避を目して被告人の不名誉、不面目に帰するものとなすべき事由は全くなく、本件のような鬪爭を回避することが被告人の不名誉、不面目に帰するものとなすのは、暴力に関する誤つた思想の甚だしいものであるといわなければならぬ。

本件について、正当防衞の成立を是認しなかつた原判決はまことに相当であつて、この点に関する論旨も理由がない。

その他原判決を破棄すべき事由は全く認められないので、刑事訴訟法第三百九十六條に則り、本件控訴はこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

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